日本では長い間、AIDは秘密にされてきました。秘密にされてきた理由はさまざまです。男性不妊を認めたくない、男性不妊を恥だと感じる、そんな気持ちがAIDを受けた親や、親族など周囲の人々にあったり、そもそも大学病院やクリニックなどの医療機関側から子どもに真実を伝えない方がいいとアドバイスされてきたという例もあります。
ですから、日本でAIDで生まれた子どもたちは、多くの場合、自分がAIDで生まれて、親と遺伝的なつながりを持たないことをいまだに知りません。日本でAIDで生まれた真実を知っている子どもは生まれた数に比べてごくわずかで、これまでのケースでは、成長してから偶然に事実を知るケースが多かったようです。
AIDで生まれた子どもたちは、成長してその真実を知った際、強いショックを受ける傾向にあります。その理由として、一つ目に、自分の人生が、真実と切り離された人生であったことへの戸惑いと、二つ目に、真実を隠し続けてきた親からの裏切りとが、大きな精神的ダメージを与えるからです。
他方、親の立場からは、真実を話すことで「子どもがショックを受けるのではないか」「子どもの心が離れてしまうのではないか」という不安から、真実を子どもに告知しないという傾向がこれまでは強かったようです。ですがそれは間違った考えです。
一生真実を告知をしなければよい、とか、何がなんでも隠し通せばよい、というわけではありません。
AIDで生まれた子供たちは、親との関係に何らかの違和感を感じ取ります。親の目線では夫婦関係や親子関係がうまくいっているように思えても、実はAIDで生まれた子どもの中には「自分は母親が浮気して生まれた子供なのかもしれない」「戸籍では実子だけど、どこからかこっそりもらわれてきたのかもしれない」など、なんらかの異変や違和感を覚えて、親には言えずに不安な気持ちを抱えている子どもも少なからずいます。(※1 ビル・コードレイ氏の調査による)
※1ビル・コードレイ氏「非配偶者間人工授精で生まれた人々の体験についての意識調査」では、全体のうち半数以上の子供が事実を知る前に何かを隠されていると感じ、さらに全体のうち45%は事実を知る前に「父親と遺伝子的につながりがないのではないか」と疑っていました。
実は、子どもは親が思っている以上に敏感に親の様子から多くのことを感じ取っているのです。
むしろ、告知を受けた子どもたちは告知をしてもらった方がいいと考えています。そして告知は早い方がいいと考えています。大人になってから真実を知ることは、子どもにとって大きな傷になります。大人になってから告知をされて、その時、子どもと親との関係が上手くいってなければ「やはりそういうことだったのか」と子どもは思うでしょうし、それとは逆に親と親密な関係を築けていたとしても、それはそれで「どうして話してくれなかったのか」とショックを受けるのです。告知が遅いことで、真実とは異なる人生が積み重なっていき、その後の告知によるショックも大きくなります。
さらに、家庭内に何らかの問題が起こった末の告知となると、子供は二重のショックを受けることになります。これまでに日本でAIDで生まれた人がどのような経緯で告知されたかを調べると、大人になってから事実を知った人の場合、家庭内に何らかの問題(親の病気、離婚、死別など)があって、それをきっかけに告知されたというケースが見られます。親にとっては、単なるきっかけかもしれませんが、子どもにとってはさらに追い討ちをかけられたように感じるのです。
そもそもAIDで生まれた子どもに限らず、人は自分自身の出生について知りたいと思うのが自然です。ですが、成長してから唐突にAIDの告知を受けた子供の場合「なぜ今まで隠していたのか、自分は隠さなければならないほどの恥ずかしい子供なのか」と考えてしまい、その結果、自分自身の存在に悩むことになります。
ですから、AIDで生まれた子どもが健やかに育つためには告知、それも早期の告知はとても重要です。
告知をすることで、親は子どもに大切なことを伝えられます。それは、親(特に遺伝的につながりのない父親)からの愛情です。
最近では養子の場合も告知を勧められています。それは実の親子のようにふるまうよりも、本当の関係を知って深めてゆくことの方が、信頼できる親子関係を築いていけると考えられているためです。
AIDで生まれた子どもも、ずっと知らされないまま育つよりは、ありのままの関係を築きたかったと思っています。子どもとしては、「お父さんとは血がつながっていないけれど親子で、あなたはお父さんとお母さんの大事な子ども」と言葉にして伝えてもらえたら、自分に自信が持てますし、安心するでしょう。